のんびり勝山生活

アクセスカウンタ

zoom RSS 内房正木氏

<<   作成日時 : 2017/10/07 00:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

正木氏は戦国時代の房総半島に勢力を持っていた有力国衆です。上総国小田喜城を本拠とした小田喜正木氏が本家筋ですが、他にも勝浦正木氏、内房正木氏が有力国衆として存在していました。

天文2年(1533年)に起こった天文の内訌(稲村の変)里見実堯と共に戦った正木時茂・時忠兄弟は兄の時茂が小田喜正木氏、弟の時忠が勝浦正木氏を興します。内房正木氏はこれとは別の正木氏です。


天文の内訌の後、里見氏北条氏は幾度も争いを繰り広げており、内房正木氏はこの時北条方に与しています。天文22年から開始された北条家による上総、安房攻略の際に北条方に属して戦っていることが確認されています。

内房正木氏内房を本拠としつつも北条氏から三浦半島の久里浜浦賀などを与えられており、東京湾を舞台に勢力をふるった水軍の一族と思われます。同じ正木で家紋も同じなので時茂・時忠兄弟と同族なのでしょうが、彼らの父である正木通綱以前の正木氏については良く分かっていないようで関係も不明です。

ちなみに、天文22年の攻勢で里見家は絶体絶命のピンチに陥り、援軍として越後の長尾景虎(上杉謙信)の出兵を要請。これが上杉謙信による関東出兵の始まりになります。

その後、永禄4年には内房正木氏北条から離反して里見方として活動していたことが確認されます。

北条から里見に寝返るに際して小田喜正木氏から百首城を譲られていたのか、天正年間には百首城主の正木淡路守時盛勝山城主正木安芸守輝綱の名前が確認され、当時の里見氏当主義康を支える有力家臣として活動しています。内房正木氏という場合この上総百首城(竹岡)の淡路守家安房勝山城の安芸守家、両家の事を指します。







ランキングに参加しています。よろしければクリックをお願いします。
にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
佐久間と佐久間氏
里見家を支えた正木氏について調べていくと面白い事実が分かりました。 ...続きを見る
のんびり勝山生活
2017/10/30 10:59

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
内房正木氏 のんびり勝山生活/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる