房総の鉄道網発達史

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房総半島の鉄道網の地図です。赤線が明治、緑線が大正、青線が昭和の開通となります。

こうしてみると北側の鉄道網整備が優先されたことが分かります。南房総に鉄道が来たのは大正期です。夏目漱石が最初に保田に海水浴に来たときは東京湾を船旅でした。
安房勝山駅の開設が大正6年)

明治時代は東京からの定期航路があったので、海上交通の方が南房総にとってはメインであったことが分かります。南房総は険しい山岳地帯が続いているので鉄道の開設も相当の大工事だったのだと思います。

鋸山を貫通する長大なトンネルが内房線にありますが、平行する国道127号線は断崖絶壁に沿って明鐘岬をいくつもの短いトンネルを使って、へばりつくように通っています。

歴史的には関東の親不知と言われた明鐘岬を通るルートがずっと使われており、それを127号線も継承しています。しかし経路開設の労力という点では内房線のトンネルの方が圧倒的に多くの資材と労力を投入したのではないでしょうか?

南房総の交通網は当初は海上輸送、そこから鉄道にシフトして、戦後も基本的にはその構造が維持されてきました。この地域に高速道路が開通し、鋸山を貫通する大トンネルが利用されるようになるのは内房線の開通から100年近く経った2000年代になってからです

※過去記事
戦前の鋸南町
東京湾の海上交通
海水浴の始まり



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