知恩院と桜花カタパルト ~本土決戦に備えて~

これまで何度か南房総と戦闘との関連の記事をUpしてきました。
房総の戦争遺跡を見て行く中で気になっていた場所へ行ってきました。

道の駅鄙の里三芳村の近くにある知恩院というお寺です。

三芳には本土決戦に備えて建設された人間爆弾桜花の発進基地があり、そこにあった発進用カタパルトが今も保存されているとのこと。
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知恩院は房総半島内陸を南北に縦走する県道88号線で、平久里/滝田の山間部から館山平野に出る境目付近にあります。

88号線知恩院への案内板が出ているので迷うことは無いと思いますが、集落内は結構道路が狭いので運転には気を使います
集落の一番奥、小高い山の裾野付近にありました。
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寺の由緒を見ると961年創建とあり、1000年以上この地を見守ってきた歴史あるお寺です

市指定の文化財として平安後期の作風がうかがわれる木造の阿弥陀如来像などがあり、思った以上に凄いお寺でした。
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この本堂の軒下に置かれていたのがこちらのレール。

これこそが桜花発進用のカタパルトのレールです。
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当然ですが鉄道用のレールとは別物。スッと一直線に伸びたレールは無言の迫力があります。

大戦末期というとローテクの日本軍とハイテクの米軍というイメージがありますが、スッと一直線に伸びたレールは高度な工業技術の結晶であり、当時の最新技術が激突したハイテク戦争だったのだということを実感させられました。

その技術の対決に日本は敗れた訳ですが、何年にも渡って戦い続けるだけの力と技術を持っていたということを忘れてはなりません
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さて、こちらは知恩院から県道を挟んで反対側です。

実はここに桜花発進基地があり、その基礎であるコンクリートの発進台が残っているのです。
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畑の中にあるという情報しかもっていなかったので、具体的にどこにあるのか、しばらく彷徨いましたが、地元の家屋の間にあるこちらの砂利道を上って行ったところに発見しました。
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段々になっている斜面の畑の中にニョキッと伸びるコンクリートの土台。見つけた瞬間「ああ、これか!」と思わず声に出ました。
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畑の中にコンクリートの塊が一直線に並んでいるのは異様な光景で凄い違和感があります。

長さは畑2枚ちょっとで、50メートルか、もう少しといったところでしょうか。

大戦中の飛行場が800メートルくらいだったので、ものすごく短いです。実際は偽装網を被せたりしていたのでしょうから、上空から基地を発見することは極めて困難だったと思います。秘密基地という言葉が自然と頭に浮かびました。
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背後には小さな山があり、敵機の襲撃を受けにくい地形を選んで建設されたのでしょう。横穴を掘れば桜花の格納庫にできる地形です。

カタパルトの方向は館山平野の太平洋側で、館山湾とは逆向きです。本土決戦の記事で書いた通り、南房総を担当する東京湾兵団は米軍の上陸予想地点を千倉と考えており、カタパルトはその方向へまっすぐ伸びています
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ちなみにここに配備される予定だったのは桜花四三型乙

一般に知られる桜花は爆撃機に吊り下げられた形で搭載され、敵艦に近づいたところで切り離されてロケットエンジンに点火、高速で敵艦に突入します。

桜花四三型は従来型と違い、地上基地から発進してそのまま敵艦に突入するタイプです。エンジンもロケットエンジンからジェットエンジンに換装されています。

爆弾や魚雷に比べて重量のある桜花を抱えた爆撃機は速度が遅く、桜花の射程圏まで敵艦に近づくことが出来ずに撃墜されてしまうことが多かったのですが、地上発射型ではその心配がありません。今でいう地対艦ミサイルという位置づけでしょう。

この桜花四三型を運用する為に海軍第725航空隊が昭和20年7月に開設されました。

こうした桜花発進基地は房総半島で数か所建設される予定でしたが、実際に終戦時に完成していたのは三芳のここだけになります。



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