被災地鋸南町:大破した大正庵

大正庵1.JPG
以前に大六海岸前にある大正庵という古民家についてご紹介しました。被災後の状況は記事にしなければと思っていたのですが、なかなかそこまでの余裕が無くて遅れてしまいました。

写真は被災1週間後の大六漁港の様子です。電信柱がすっかり折れてしまっています。この大六漁港の前に大正庵があります。
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大正庵3.JPG
被災前後の大正庵の様子です。木造平屋の端正な佇まいが見るも無残な姿になってしまっています
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大正庵5.JPG
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軒が剥がれてひっくり返り、屋根がずたずたに引き裂かれ、雨戸が吹き飛んで中の障子が枠だけになっています。

この状態でシートを掛けるなどの手当てを一切されることなく、雨ざらしのまま1か月半放置されているのです。

大正天皇の生母の実家である「柳原家」を東急の創始者五島慶太が京都から移築したという由緒正しい古民家です。管理していた鋸南不動産のHPにはこのように紹介されています。


柳原家は、京都十三名家と言われた公家の家系で、明治維新後は伯爵に叙された格式のある家柄。
柳原愛子(なるこ)は、明治天皇の典侍(女官)で大正天皇の生みの親であり、大正三美人の一人で歌人の柳原白蓮はこの人の姪にあたります。そのような由緒正しき柳原家の京都にあった実家を、海路この千葉は房州まで運ばせ、移築させたのが、東急電鉄の創始者である五島慶太です。
昭和26年頃とされていますが、その後五島はこの大六の海岸沿いの別邸で余暇を過ごしたとされています。それから、東急グループの保養所として長らく法人で所有されていた期間を経て、平成14年に一般の方の手に渡り、平成29年夏まで別荘として引継がれて大切に使われていました。



ブルーシート掛けも手が足りていない状況で、居住者なしの売り物件を手当てする余裕は資金的というよりも物理的に無理なのは良く分かります

町で文化財登録されている訳でもなく、放置されているのはやむを得ないのですが、これだけの家がこのまま朽ち果てて行くというのも残念でなりません

鋸南町大六海辺の古民家”大正庵”:http://www.kyonan.co.jp/tate-dairokuumibenokominka.html?fbclid=IwAR13Es6pv2_04YxBjQuzRg4z3Fvj5NuLQEYLirnelnoOapRQ-XoShqjJm_c

鋸南町は現在、台風15号により町全体が大きな被害を受けています。
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ふるさと納税:令和元年台風15号 千葉県鋸南町




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