戦前の南房総地域の発展度合

大学時代に東京湾海上交通について調べたことがあります。当時所属していた歴史研究サークルの発表テーマでした。


明治43年の人口統計(『千葉県統計書』)では安房郡の人口は57,060人となっています。

現在の鋸南町に相当するのは勝山町保田町佐久間村の3つです。


当時の人口は勝山町が5,632人、保田町が2,813人、佐久間村が3,945人となっています。

安房郡で人口5,000人を超えていたのは現在の館山市鴨川市以外の地域では富浦村勝山町だけでした。

航空写真で見れば一目瞭然ですが、館山鴨川は平野が広いのですよね。それ以外の地域のなかではかなり発展していた地域だったという事です。

やはり鋸南町で伝統的な中心地は勝山だったのだと思います。


面白いのは保田町が大正5年に6,201人に急増しており、6,007人の勝山町を越えてきています。保田夏目漱石正岡子規が訪れて日本の海水浴発祥の地とされているほどですので、観光業が産業として成り立ってきているという事なのだと思います。



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