テーマ:歴史:中世

関東の戦国-2-長享の乱

関東で戦国時代の幕を開けた享徳の乱、古河公方足利成氏と関東管領上杉氏の争いは28年もの長きにわたりました。 上杉氏の本家は山内上杉家ですが、この戦乱で存在感を強めたのが相模守護であった扇谷上杉家です。 扇谷上杉家は家宰太田道灌によって利根川沿いの江戸城、岩槻城、河越城を築城して、対古河公方の最前線を構築しました。これをきっか…
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関東の戦国-1-享徳の乱

戦国時代、房総半島には里見氏という一大勢力が存在し、関東の覇者である北条氏と激しい戦いを繰り広げていました。そのため存在自体は知っていたのですが、里見氏がどのようにして勢力を伸ばしていったのかについてはよく知りませんでした。 これから何回かに分けて関東の戦国時代を纏めていきたいと思います。 室町幕府を開いた足利尊氏は下野…
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滝田城攻略(撤退編)

房総半島の覇者として戦国時代に勢力を拡大した里見義尭。この義尭が里見氏を掌握したのが天文の内訌です。 この内乱のクライマックスと言えるのが滝田・犬掛の合戦です。そんな訳で今回は舞台となった滝田城の探索に赴きました。 滝田城は平久里川と支流の増間川の合流地点にあります。ここを過ぎると館山平野を縦横無尽に荒らされてしまうため、北…
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戦国里見氏後期の居城 岡本城

以前、天文の内訌の記事で戦国大名里見氏をとりあげました。 ここで勝利して里見氏の最盛期を築いた里見義尭(よしたか)は上総、安房2か国を押さえ、下総にも進出して房総半島全体を支配する勢いを見せましたが、そこから関東の覇者北条氏による反撃がはじまり、息子の里見義弘の代に上総、安房の2か国へ。 次の里見義康の時に豊臣秀吉による…
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水軍の根城 百首城探索

前回の続きです。 水軍の海城である百首城からは東京湾、富津岬が良く見えます。木々が茂っているので分かりにくいですが、現役時代は当然伐採されているので見晴らしは最高だったと思います。 一通り城を見たので「さあ帰ろう」と思って見覚えのある石垣を横目に見て進んでいたら「あれ??なんかちょっと雰囲気が違うような・・・」 …
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房総水軍の拠点 百首城

竹岡にある灯篭坂大師の裏手に岩の間に作られた階段があります。実は灯篭坂大師の裏山は、そのまま海の方に広がっており、ここは中世の百首城(もしくは造海城)と呼ばれていました。 戦国里見氏の内乱である天分の内訌については以前にも記事にしたことがあります。 時の当主里見義豊に誅殺された里見実堯の子、義尭は金谷城から撤退して百首城に立…
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成田山新勝寺に並ぶ鴨川の大山不動尊

鴨川にある大山不動尊に行ってきました。大山千枚田やカフェ草SOの近くにあることは知っていましたが、存在を知っているだけで立ち寄ったことは無かったので初訪問です。 長狭街道から案内板に従って道を進んでいくと大山不動尊の入り口が見えてきます。写真では気に隠れてしまっていますが、赤色の建物は社殿ではなく山門です。 鎌倉辺りの観…
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頼朝を竜島に導いた旗立山

旗立山は竜島の神明神社近くにある小山です。竜島の浅間山の尾根に続いているような格好になっています。 治承4年(1180年)8月29日、伊豆の石橋山で敗れた源頼朝が安房国猟島(竜島)に上陸します。その際に先発した北条時政らが旗立山に源氏の白旗を立てて、それを目印にしたと言われています。 この頼朝上陸から安房平定に至る話は以…
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源頼朝の安房上陸と平定に至る話

治承4年(1180年)8月17日、源頼朝は伊豆で平家打倒の兵を挙げ、伊豆国目代・山木兼隆を打ち取ります。 伊豆を制圧した後、相模へ向かった頼朝軍ですが、呼応して挙兵した三浦氏の軍勢と合流する前に、8月23日石橋山の戦いで平家方の軍勢と戦いになり敗北します。 この時、頼朝軍は300、対する平家軍は3000と言われています。 …
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安西館跡と白幡神社、愛宕神社

平安時代から室町時代にかけて安房の有力武士団として活動したのは安西氏です。("安"房"西"部を拠点としたので安西) 安西氏は三浦氏の庶流とも言われ、源頼朝の安房上陸に際しては地元の安西景益が協力して鎌倉幕府成立に貢献しています。 https://kotobank.jp/word/%E5%AE%89%E8%A5%BF%E6%99%…
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山里に現れた水仙の道 ~江月水仙ロード~

鋸南町は町内に1億本(!!!)の水仙がある日本最大の水仙の町です。水仙の出荷量は日本全体の70%以上を占めていると言われています。 その鋸南町で12月16日から水仙まつりが始まりました。イベントなどは年が明けてからですが、案内板の設置はされており、開花も始まっています。 町内の名所は谷原水仙郷、をくずれ水仙郷、江月水仙ロ…
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佐久間と佐久間氏

里見家を支えた正木氏について調べていくと面白い事実が分かりました。 正木氏の出自は実際のところ不明ですが、三浦氏の庶流とされています。三浦氏は坂東八平氏と呼ばれる関東に勢力を張った有力な武士団の一つです。 保元・平治の乱で源義朝に従って奮戦した三浦義明は、治承4年(1180年)に頼朝が伊豆で挙兵した際にも従います。しかし石橋…
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鋸南町名物 頼朝まつり(武者行列もやってます)

鋸南町で毎年行っている「頼朝まつり」に行ってきました。 3年ほど前に、遊びに行ったとき、たまたま「頼朝まつり」が行われており、その時は勝山海岸の「頼朝上陸の記念碑」で地元高校生の書道パフォーマンスがあり、武者行列が神明神社まで行われていました。 今回は大六神社祭礼と合わせて行われたようで、菱川師宣記念館前まで武者…
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里見水軍の主力 内房正木氏

正木氏は戦国時代の房総半島に勢力を持っていた有力国衆です。上総国小田喜城を本拠とした小田喜正木氏が本家筋ですが、他にも勝浦正木氏、内房正木氏が有力国衆として存在していました。 天文2年(1533年)に起こった天文の内訌(稲村の変)で里見実堯と共に戦った正木時茂・時忠兄弟は兄の時茂が小田喜正木氏、弟の時忠が勝浦正木氏を興します。内房…
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天文の内訌と戦国里見氏

室町時代の関東は鎌倉公方が統治していました。これが古河公方と堀越公方の2つに分裂し、堀越公方は北条早雲に攻め滅ぼされます。 そのあと古河公方を支える関東管領上杉家が扇谷上杉家と山内上杉家に分裂して争い、古河公方でも今度は古河公方と小弓公方に分裂して争うという感じで、関東は戦国時代に突入していきます。 この時すでに里見氏は…
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