テーマ:歴史:近世

横根村の風景と開墾の痕跡

鋸南町の保田から長狭街道に沿って上っていき、富津市山中との境界付近にあるのが横根地区です。江戸時代の区分では横根村。鋸南町の最奥に位置する地域です。 今回初訪問となりました。 写真の通り長狭街道からクネクネ曲がる細い道を通っていくと横根村が姿を現します。 まだ桜が咲いており、菜の花との対比と山の中の比較的なだら…
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お勧め観光スポット!渚の駅たてやま~博物館編~

渚の駅たてやまシリーズの最終回は渚の博物館です。 海辺の広場と夕日桟橋の間にある建物で、1階はさかなくんギャラリーになっていました。さかなくんは館山の観光大使だそうです。 2階は館山市博の分館で、房総の海と生活というテーマの常設展です。 定置網、地曳網などが模型で展示されているのが面白いです。 昔の民…
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よく分かる「川廻し」宮田の滝と渓谷の小路

渓谷の小路を通って辿りついたところにある水田エリア。こちらがお目当ての宮田の滝です。 ここを目指すきっかけとなったサイトの解説によると落差4.5m。江戸時代に作られた人工の滝です。 山間部に流れる河川のカーブを滝を作ってショートカットすることで、もとの河床を田んぼにするという川廻しの技法で作られたものとなります。 …
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房総捕鯨の祖 醍醐新兵衛の墓

勝山は房総半島における捕鯨のルーツです。 江戸時代、初代醍醐新兵衛によって始められた捕鯨はより南へ拠点を移し、現在は和田浦が日本で4か所、房総半島で唯一の捕鯨基地となっています。 和田浦の捕鯨については以前に道の駅「和田浦WA・O!」で記事にしました。 あちらでは捕鯨の歴史についての資料館が無料公開されていましたが、そ…
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捕鯨の歴史を物語る板井ヶ谷の鯨塚

住吉飯店の裏手にある駐車場を奥へ奥へと歩いて行くと岩井袋に抜けていく道があります。狭い1.5車線程度の道を通りトンネル抜けると岩井袋の集落に入ります。 その途中に鯨塚への案内板を発見したので行ってみました。住宅が並ぶエリアの裏山といったところに階段があり、そこに鯨塚がありました。例によって案内板の説明を引用します。 …
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菱川師宣記念館

菱川師宣記念館は道の駅「きょなん」と同じ場所にあります。 菱川師宣は浮世絵の創始者という日本文化史上の重要人物です。この菱川師宣は保田の生まれであり、鋸南町のゆるきゃら「見返りちゃん」の元になった「見返り美人図」で有名です。 記念館内には師宣が手掛けた絵本がたくさん展示されており、浮世絵がどのような流れて確立していったの…
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元禄地震の津波被害

引き続き内閣府の元禄地震報告書に基づいてまとめていきます。今回は津波被害です。 江戸時代の勝山は安房勝山藩酒井家1万2000石、および2代藩主の弟が持つ3000石、他は幕府領、旗本領、他藩の飛び地となっています。 [竜島及び岩井] 酒井家(弟)の領する3000石のうち、海岸沿いの村は竜島村、久枝村、不入斗村、小浦村…
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元禄地震の地形変動

勝山の町内で目にするのが元禄地震に関する様々な言い伝えです。特に津波被害については大きく、鋸南町が作成したハザードマップでは元禄地震が再び起こった場合の浸水域と、10メートルの津波が押し寄せた場合の浸水域が示されています。 おそらく後者は想定外の地震となった東日本大震災を教訓に付け足されたものでしょう。元禄地震が再来した場合の浸水…
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勝山の町は小さいながらも城下町

迅速測図での明治19年の勝山です。この時代ですので、ほぼ江戸時代のままの街並みと思われます。 迅速測図は明治初年から陸軍参謀本部が急いで作成した地図になります。この地図は歴史的農業環境閲覧システム(http://habs.dc.affrc.go.jp/)で閲覧することが出来ます。これをみると勝山の地理が良く分かります。 …
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鱚が浦の絶景と海に沈んだ仏崎

鋸南町の幹線である国道127号線沿いにある吉浜。例によって山が海岸近くまで迫っている房総の地形が特徴的で、平地がほとんどありません。亀ヶ崎を挟んだ隣に大六があります。 地名が吉浜なので吉浜海岸なのかと思いきや、鱚が浦という名前です。 旧吉浜村の中心は、ここから妙本寺を挟んだ反対側、現在の保田漁港付近になります。 海…
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江戸時代の安房酒井氏の勝山藩

ウィキペディアに鋸南町の江戸時代の区分について記事(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E9%83%A1)を発見しました。 安房国は平群郡、安房郡、朝夷郡、長狭郡の4郡で構成されています。鋸南町が属する平群郡は館山市と旧富浦町の境界付近から鋸山まで、内陸は平久里の辺りまでとなっています。…
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