鋸南町の形成 古代編

古代(4世紀頃)、房総半島は「総(ふさ)の国」と呼ばれていました。後の安房国では内房側が阿波の国造(くにのみやつこ)、外房側が長狭の国造により治められていました。 530年頃、総の国は上総と下総に分かれることになります。 大化の改新から律令国家が形成されていくに従い、全国が国、郡、郷に分けて統治される体制となっていきます。 …
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